混合腐食とは何か
「カルサイトと平衡な2つの水を混ぜると、混合水がカルサイトに対して不飽和になる」 ── これが 混合腐食(混合溶解)(Mixing Corrosion/Freshwater-Seawater Mixing Dissolution)である。
直感に反するこの現象は、炭酸系平衡の非線形性によって生じる。pH もイオン強度も、単純な加重平均にはならないからである。
この現象は石灰岩地帯の沿岸部や、地下水と海水が混合する帯水層内でカルサイトが溶解する原因として地質学的に重要である。鍾乳洞の形成にも関与している。
計算の5ステップ
今回のシミュレーションは以下の5ステップで構成される。マニュアルでは S1〜S5 と呼んでいる。
S1:炭酸地下水の定義
石灰岩地帯の地下水を、純水を Pco₂ = 10⁻² atm とカルサイトで平衡させることで定義する。前回(Part 4)の「開放系」に似た設定だが、今回は CO₂分圧を 10⁻² atm(土壌に近い高めの値)にしている。
SOLUTION 1 Carbonate groundwater
temp 25
pH 7
pe 4
redox pe
units mmol/kgw
density 1
-water 1 # kg
EQUILIBRIUM_PHASES 1
CO2(g) -2.0 10 # Pco2 = 10^-2 atm
Calcite 0.0 10 # カルサイトと平衡
SAVE solution 1 # 計算結果を保存
END
この計算の結果、地下水は pH ≈ 7.0、Ca²⁺ ≈ 3〜4 mmol/kg 程度のカルサイム飽和水になる。Calcite SI = 0(平衡状態)であることを Output で確認しておこう。
S2:海水の定義
前回(Part 2 Speciation)で使った海水データをそのまま使用する。
SOLUTION 2 Seawater
temp 25
pH 8.22
pe 8.451
redox pe
units ppm
density 1.023
Ca 412.3
Alkalinity 141.682 as HCO3-
Cl 19353
K 399.1
Mg 1291.8
S(6) 2712
Si 4.28 as SiO2
Na 10768
-water 1 # kg
SAVE solution 2
END
S3:70% 地下水 + 30% 海水の混合
MIX ブロックを使って2つの水を混合する。
GUI操作
- MIXアイコンをクリック
- SOLUTION 1 に 0.70、SOLUTION 2 に 0.30 を入力
- OK をクリック
SAVE solution 3とENDを追記
MIX 1
1 0.70 # Solution 1(地下水)を70%
2 0.30 # Solution 2(海水)を30%
SAVE solution 3
END
MIXの数値は体積分率(0〜1)で入力する。合計が1になるようにすること。合計が1でなくても計算は実行されるが、混合後の水の質量が変わってしまう。
S4:混合水 + Calcite + Dolomite と平衡
混合後の水(Solution 3)をカルサイトとドロマイト(苦灰石)の両方と平衡させる。
USE solution 3
EQUILIBRIUM_PHASES 2
Calcite 0.0 10 # カルサイトと平衡
Dolomite 0.0 10 # ドロマイトと平衡(理想ケース)
END
S5:混合水 + Calcite のみと平衡(現実的ケース)
ドロマイトは反応速度が極めて遅いため、現実の短い時間スケールでは沈殿しないと仮定する。カルサイトのみと平衡させた現実的なケースである。
USE solution 3
EQUILIBRIUM_PHASES 3
Calcite 0.0 10 # カルサイトのみ(ドロマイトなし)
END
ドロマイト(CaMg(CO₃)₂)は熱力学的には多くの地下水に対して過飽和だが、現代の地表付近ではほとんど沈殿しない。これは「ドロマイト問題(Dolomite problem)」として知られる地球化学の古典的な謎で、反応速度論的な障壁が原因とされている。S4 では理想ケース、S5 では現実的ケースとして計算することで、2つの違いを比較できる。
PHREEQCコード(完全版)
# =============================================
# S1: 炭酸地下水
# 純水 + CO2(g) at Pco2=10^-2 + Calcite 平衡
# =============================================
SOLUTION 1 Carbonate groundwater
temp 25
pH 7
pe 4
redox pe
units mmol/kgw
density 1
-water 1 # kg
EQUILIBRIUM_PHASES 1
CO2(g) -2.0 10
Calcite 0.0 10
SAVE solution 1
END
# =============================================
# S2: 海水
# =============================================
SOLUTION 2 Seawater
temp 25
pH 8.22
pe 8.451
redox pe
units ppm
density 1.023
Ca 412.3
Alkalinity 141.682 as HCO3-
Cl 19353
K 399.1
Mg 1291.8
S(6) 2712
Si 4.28 as SiO2
Na 10768
-water 1 # kg
SAVE solution 2
END
# =============================================
# S3: 70% 地下水 + 30% 海水の混合
# =============================================
MIX 1
1 0.70
2 0.30
SAVE solution 3
END
# =============================================
# S4: 混合水 + Calcite + Dolomite(理想ケース)
# =============================================
USE solution 3
EQUILIBRIUM_PHASES 2
Calcite 0.0 10
Dolomite 0.0 10
END
# =============================================
# S5: 混合水 + Calcite のみ(現実ケース)
# =============================================
USE solution 3
EQUILIBRIUM_PHASES 3
Calcite 0.0 10
END
結果の読み方
各ステップの計算後、pH・Ca²⁺・Mg²⁺・Calcite SI・Dolomite SI を確認する。
下記のコードをSOLUTION 1下に貼り付けて、ex5.txtファイルを確認することもできる。しかし、結果(OUTPUT)データに慣れるためにも下記の表と比較することが望まれる。
SELECTED_OUTPUT
-file ex5.txt
-pH true
-molalities Ca+2 Mg+2
-saturation_indices Calcite Dolomite
各ステップの結果比較
| ステップ | pH | Ca²⁺ (mmol/kg) |
Mg²⁺ (mmol/kg) |
SI Calcite | SI Dolomite |
|---|---|---|---|---|---|
| S1 地下水 | 7.29 | 1.60 | 0.00 | 0.00 | − |
| S2 海水 | 8.22 | 9.96 | 49.7 | 0.78 | 2.45 |
| S3 混合水 | 7.32 | 4.05 | 14.8 | −0.12 ! | 0.47 |
| S4 +Cal+Dol | 7.04 | 11.1 | 7.85 | 0.00 | 0.00 |
| S5 +Cal のみ | 7.43 | 4.09 | 14.8 | 0.00 | 0.71 |
S3(混合水)のCalcite SI = −0.12 ── これが混合腐食のシグナルである。両端点(S1・S2)は、CalciteのSIがゼロと過飽和付近なのに、混合後にマイナスになっている。
考察
① 混合腐食が起きるメカニズム
混合腐食の本質は炭酸系平衡の非線形性である。
地下水(低塩分・低pH・高Pco₂)と海水(高塩分・高pH・低Pco₂)を混ぜると、混合後の溶液は:
- 塩分が増えることでイオン強度が上昇し、活量係数が下がる
- CO₂分圧と pH のバランスが非線形にシフトする
- その結果、両端点では飽和していたカルサイトが不飽和になる
IAP = a(Ca²⁺) × a(CO₃²⁻) = γ(Ca²⁺)·[Ca²⁺] × γ(CO₃²⁻)·[CO₃²⁻]
混合でイオン強度が上昇 → γ が低下 → IAP が低下 → SI がマイナスに
② S4 vs S5(ドロマイトの有無)の違い
S4(Calcite + Dolomite)ではMg²⁺が消費されてドロマイトが沈殿し、Ca²⁺が増加する(ドロマイト化:Ca²⁺ → Mg²⁺の置換)。S5(Calciteのみ)ではMg²⁺は変化せず、カルサイト溶解のみが進む。
Dolomite SI が S5 で 0.71(過飽和)のまま残っているのは、ドロマイトを沈殿させなかったからである。これがまさに「動力学的に沈殿しない」現実の近似になっている。
③ 地質学的・環境的な意義
混合腐食は以下のような場所で重要な役割を果たしている:
- 沿岸の石灰岩帯水層:地下水と塩水楔が混合する遷移帯でカルサイトが溶解し、空隙率が増大する
- 鍾乳洞の形成:CO₂分圧の異なる2つの流れが合流する地点で洞窟が拡大する
- 石油貯留岩の続成作用:海水と淡水が混合する帯域での炭酸塩セメントの溶解
まとめ:今回学んだPHREEQCのコマンド
次回予告:黄鉄鉱の酸化
次回は不可逆反応(Irreversible reaction)に踏み込む。黄鉄鉱(FeS₂)が酸素と反応して酸化する過程 ── 酸性鉱山廃水(AMD)の形成メカニズムをPHREEQCで再現する。EQUILIBRIUM_PHASESとREACTIONブロックを組み合わせた、より高度な計算に挑む。
参考文献(References)
このシリーズの他の記事:
- #1 インストールと最初の計算
- #2 Speciationで海水を解析する
- #3 MixingとEQUILIBRIUM_PHASES
- #4 カルサイト−CO₂水反応
- #5 炭酸地下水と海水の混合(本記事)
- #6 黄鉄鉱の酸化(AMD)
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